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本の感想65

遠藤周作 「留学」 新潮文庫
この作品は、それぞれ独立した三つのストーリーがあるが、それはいずれも、ヨーロッパに留学する青年の苦悩、挫折を描いた小説である。

「ルーアンの夏」では、カトリック神学生として留学するが、ルーアンの街の人々は、悪意のない親切を主人公に押し付け、主人公がカトリックを日本に布教することを過剰に期待する。主人公は彼らと熱い思いと自分の冷めた感情の間に挟まれ苦悩する。

「留学生」では、主人公は日本人司祭となり、切支丹禁制の時代に日本へ布教することを要求されるが、主人公は宣教師らを「死をも辞さぬ英雄主義にかられている」とし、「信徒たちに殉教の夢を強いている」と考え、不満を感じる。

「爾も、また」では、マルキ・ド・サド研究のため渡仏するが、サドと自分の生き方の根本的な違いを認識し、また自らのサド研究の動機の卑小さに苦悩する。そして文化という大きな河の前に立ち尽くすほか無いことを感じた主人公は絶望する。

「留学生」にしても、「爾も、また」にしても、最終的に挫折し、諦めることによって一種のカタルシスを得ているように感じた。日本とヨーロッパのそれぞれが長年築き上げていた文化を、たった数年で吸収できるわけが無いという絶望感に打ちひしがれる。しかし、その本質を見極めようとした点に置いては失敗ではなかったのではなかろうか。小説中では、成功している人物は、そのうわべだけを掠め取ってその本質、大いなる大河を見て見ぬ振りをしているに過ぎないのだから。挫折はしたが、その本質から目を逸らさなかった主人公には共感が持てるし、立派だとも思う。成功した人物ではなく、挫折した人物を描くことによって、その本質に肉薄できているのだろうと思う。

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  1. 2005/05/01(日) |
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