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本の感想81

司馬遼太郎 「城塞」上中下巻 新潮文庫
時期的に「関ケ原」の続編にあたる。いわゆる大坂冬の陣、夏の陣を描いた小説。
この作品にも、様々な登場人物が出てくるが、なかでも印象に残った人物を挙げていこうと思う。
まず、真田幸村。彼は、稀代の才能を持つが、その能力を世で評価される機会が無かった。そして、豊臣家につくことによりその実力を世に知らしめようとした。しかし、彼の持つ戦略も、豊臣家の腐敗ぶりに足を引っ張られる結果となってしまった。
そして、小幡勘兵衛。彼は天下を取るという野望をも持ちうるほどの実力を自負していたが、その運を持たなかった。豊臣家に潜り込むことでその野望を再び達成しようと目論むが、彼の野望を阻むのはやはり豊臣家の腐敗ぶりだった。
逆に、徳川家康は、彼らに比べると、非常に強運だったと言うべきか。小説中では、極悪非道のように語られているが、彼にとって豊臣家の腐敗というのは彼の「豊臣家を潰す」という目的にとって非常に利用価値があり、目的達成のための追い風になっていた。

豊臣家の腐敗ぶりは、もちろん彼らの持つ、「豊臣家の栄光」という概念にあるのだが、結局は秀吉一代のものだった、ということであろう。そして豊臣家の実権を握る淀殿のもつ躁鬱のようなヒステリーも家康に対抗する手立てを妨げるものになってしまった。

そしてもはや実質、戦略性といったものを持たない豊臣家を執拗に潰そうとした家康はチキンとしかいいようが無いのであろうが、しかし、彼こそ人間の本質的な部分を垣間見せているような気がするのである。戦況が完全に自軍に流れが来ていても決して安心できず、何らかの手を打つ。彼はその長い人生の果てに天下を取ろうとも、決して安心することは無かった。そういった不安に苛まれる姿に、なぜだろう、僕はとても共感を持ってしまうのだ。

もちろん作者はこの作品で家康を非道の悪者として描いているが、逆に共感を持ってしまう僕は天の邪鬼なのだろうか?

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  1. 2006/03/14(火) |
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