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本の感想83

司馬遼太郎 「坂の上の雲」全八巻 文春文庫
主に秋山好古・真之兄弟、正岡子規という人物を中心に日露戦争時の日本を描いた作品である。鎖国していた日本という国が、そこに住む人間たちが、世界を覆う帝国主義という時代を、まさに坂の上の雲を目指して登って行く様子がありありと伝わってくる。

さて、この作品について、そして読んで思ったことをいくつか語っていきたいと思う。ネタバレもあるので注意されたい。

まず、歴史小説というもののあり方についてである。
もちろん、この作品は作家が書いた小説なので、ある程度内容はフィクションだと捉えるべきで、これを歴史的事実として認識するようなスタンスは望ましくないと思う。僕はどれが真相で、どれが作り話だ、ということは基本的に興味は無い。ただ読んでいて面白ければそれでいいじゃないか、それが小説の読み方だろう。話のネタとして小説の内容を取り上げる時も、あくまでこの作品にこう記されていた、ということを前提にして語るべきであろう。いわゆる「司馬史観」というものがあるが、それが実際の歴史的事実と合致しているか否かは、非常に些細な問題であると思う。

真偽について疑わしいとされている、乃木軍の旅順要塞攻略について。小説では乃木希典の無能な参謀たちが、作戦と呼ぶに相応しくない正面からの攻略、そして玉砕を繰り返している中、児玉源太郎が乃木軍の指揮を執り、旅順を攻略せしめる件である。実際に児玉源太郎が指揮を執ったということを示す一次資料は存在しないらしい。その点からこの件は筆者の創作だといわれている。
これは歴史小説としてどうなのか、ということでこの点に批判が集まるようだが、しかし、指揮を執る際の児玉源太郎の台詞は感動に値するので、事実だろうが創作だろうが別にどっちでもいいじゃん、と思う。
勝手な想像だが、これを筆者の創作だとすると、この創作に以下のような筆者の意図があるようにも思える。
日露戦争の結果は、日本が強かったという問題ではなく、ロシアの専制政治(皇帝の独裁)と官僚の完全なる腐敗によるものであるというのは、筆者の間違いない主張である。しかし、この奇跡とも言うべき日本の勝利により、日本陸軍内において、神懸り的なチカラが宿っているというような合理的でない精神論が蔓延するようになり、かの太平洋戦争へ埋没して行き、玉砕を繰り返す愚かな戦闘行為(とは呼べないものかもしれない)を演じるのである。
ただでさえ経済的には限界以上の負担をかけた日露戦争で、そしてロシア軍の指導者がアホでなければ余裕で負けていたこの戦争に勝ったこと自体不思議としか言いようが無いのに、それを本来日本が持つ力と勘違いして突っ走っちゃったことを筆者は非難しているわけだが、その象徴がこの乃木軍と言えなくも無い。実際、日露戦争後は乃木希典を神的な扱いをするようになる。この象徴的な男を戦争を運営していく手腕において満足いくもので無いというように述べていくことで、この側面でもこの戦争以降に蔓延していく変な精神論を批判していることが窺えるかもしれない。

しかしまぁ、この大長編を読んで感じることとしては、日本がこの戦争を遂行して行く過程で、決して日本を美化して描いているわけではないのに、この国の発展していくためのこの国の人間たちのエネルギーというものを感じずにはいられないのである。欧米に追いつくために様々な方面において発展に尽くす人々、そして極東支配を目論むロシアに果敢にも立ち向かい、勝利を得るために様々な工夫を凝らしていく人々。まさに坂の上の雲に近づかんがため・・・。読んでいて体が熱くなる作品である。

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  1. 2006/05/11(木) |
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